盛岡でぶらぶら
毎年、1回~2回は盛岡へ行き、街をぶらついたり、喫茶店や蕎麦屋でボーッとしたりしている。が、今回は、これまで行こう行こうと思いながら機会を逸していた「みかんや」という店で一杯飲ろうと思い立ちやって来た。

「みかんや」のオーナーであるHさんとは数年前に岩手県の温泉ガイドブックを一緒に書いたライター仲間でもあるのだが、東京で学生生活を送っていた40年前、よく通っていたロックバーで彼女がアルバイトをしていたころから知っていた。

店のある場所は盛岡城跡(岩手公園)の北側、桜山神社のまん前。すっかり大御所居酒屋評論家と化した太田和彦氏が「日本一の飲み屋横丁」(ちょっとほめすぎ?)と言っている飲み屋街の一角。立地もtoshibon好み。こりゃおいしい酒が飲めそう…とルンルン気分(死語)で宿泊先のホテルから大通り商店街を通って店の前まで来たら、ドアに張り紙が。ガーン! 休業中だった!!
 

随分前から休んでいるらしい。がっくりきたけど、しかたがない。気を取り直し、すっかり夜のとばりがおりた中津川沿いの道を上の橋方面に歩き、前から気になっていた「くふや」という食べ物屋に入る。お酒と何かつまみを…と思ったのだが、一品料理はなし。ご主人に「うちは定食屋ですから」といわれてしまう。


で、お酒一本と「くふや定食」を注文。玄米とおかずが入っているのは曲げわっぱ。まさに正しい日本の食事。再び給金生活に戻ったので、日々の食事が乱れているtoshibon。こんなご飯を毎日食べていたい。ただ、完全にお酒モードだったのと、あまりお腹がすいていなかったせいもあって、半分くらい残してしまった。ご主人、申し訳ありません。


次は盛岡へ来たら必ず寄る「クラムボン」へ。この店の前身は岩手大学の近くにあった「セロ弾きの小屋」。Hさんの消息を人づてに聞いて、ここを訪ねたのは70年代も終わりのころだった。

その後、妹が盛岡にある民放TV局に勤めることになり引っ越しの手伝いをしたり、両親を案内したり、、私がオーナーとなった飲食店に飾るタペストリーを盛岡の織物屋さんに頼んでみたり…。考えてみれば、この街との付き合いはもう30年以上にもなるんだなぁ。


# by toshibon28 | 2012-05-19 11:10 | 旅の記 | Comments(2)
岩屋堂のキクザキイチゲ
先週、伝説地調査の仕事で数日かけて秋田県南部を写真撮影してまわった。驚いたことに羽後町や旧雄勝町など県最南部の里山は桜が満開、カタクリやキクザキイチゲがいたるところで咲いていて、まだ早春の気配。人家の周辺に雪も残っていて、秋田県では由利地方海岸部とともに春の訪れが最も早い男鹿半島西海岸より、半月から1ヵ月近く季節が逆戻りしたように感じた。秋田は広い。まさに「いくつもの秋田」を実感した。

羽後町仙道地区の一本桜。

真昼岳登山口のオオヤマザクラ。



湯沢市小野(旧雄勝町)は小野小町伝説の里として知られる。ここに小町が晩年に世を避けてひとり香を焚き、歌を詠みながら過ごしたといわれる洞窟、岩屋堂がある。

車を停めてから山道を登っていくと、数分で横長の洞門が見えてくる。

洞窟上部の硬い岩盤は火山岩の安山岩。内部の柔らかい岩盤は砂質の凝灰岩という。現在、湯沢市は日本ジオパーク認定を目指しているが、こうした小野小町遺跡も湯沢ジオパークのジオサイト候補地にあげられている。

小さな小町像が安置されている洞窟内は思いのほか広い。小町はここで92歳で亡くなるまで過ごしたといわれる。真偽のほどは別にして、人が住んでいてもおかしくないような雰囲気がある。

洞窟に至る山道の端には、カタクリとキクザキイチゲが、まるで小野小町の化身のように今を盛りと咲いていた。
ここで目にするキクザキイチゲは、なぜか紫色の花ばかり。




男鹿半島で目にするのは白色がほとんどなので珍しく、写真をたくさん撮った。個体によって花びらの数、大きさ、色の濃淡が異なり、ひとつとして同じ花がないように見えた。


# by toshibon28 | 2012-05-14 22:05 | 秋田のジオパーク | Comments(0)
気まぐれに1曲④ 瀬戸の花嫁
今年になってから、自分だけのブーム(マイブーム)となっているオタク趣味的なものがいくつかある。

音楽は1960年代のヨーロッパのポップス(なかでもジリオラ・チンクエッティ)。読書は今ごろになっての夏目漱石。絵は19世紀ロマン主義の画家たちが描いた「水の女」。マンガは完全版の刊行で萌えが再燃した山岸凉子の「日出処の天子」。花はもちろんツバキ…。

最近になってそんなマイブームに新たに加わったのが、ブラジル生まれの日系5世の女の子、メリッサ・クニヨシちゃん。昨年の動画登場時点ではまだ8歳だという幼い女の子が歌う「瀬戸の花嫁」に、としぼんおじさんはカンドーしてしまった。日本語は話すことができないというのに、ちゃんと歌詞の意味を理解して歌っているのがわかる。この子が発する日本語のことばが、本家の小柳ルミ子の歌より心に響くのはなぜ?

それにしても、「瀬戸の花嫁」(1972)ってこんなにいい歌だったんだ! 作曲は平尾昌晃、作詞は山上路夫。「翼をください」「生きがい」「岬めぐり」などの代表作をみてもわかるように、山上の詞はヘンに技巧を凝らしておらず、平易なことばを使ったものが多いのだが、シンプルなぶんだけ情景がすんなりと目に浮かび心に入る。「瀬戸の花嫁」でも、段々畑がありありと目の前に現れ、涙を流す幼い弟の姿がオーバーラップする。

ところが、山上路夫はこの詞を書いた時、一度も瀬戸内海に行ったことがなかったのだという。そして「瀬戸の花嫁」は経済成長で失われた日本の情景を歌うプロテスト・ソングだったとも言っている。だとしたら、「瀬戸の花嫁」は、おそらく山上路夫の唯一のプロテスト・ソングなのではあるまいか。

まあ、そんな小難しいことはぬきにして、なにはともあれブラジルのTV番組で大喝采を浴びたメリッサちゃんの歌をご堪能あれ。



映画「タイタニック」のテーマとしてセリーヌ・ディオンが歌い世界的に大ヒットした「My Heart Will Go On」の日本語バージョン「永遠の愛が今」。これも素晴らしい!


# by toshibon28 | 2012-05-09 23:56 | 気まぐれに1曲 | Comments(0)
気まぐれに1曲③ On Some Faraway Beach
秋田は今まさに桜が満開。今年の桜は開花を宣言してから、なんと2日後に満開となった。これは秋田気象台の観測史上最短という(1953年の観測開始以来)。

前日まで蕾だった自宅近くの桜の古木が、朝起きてみたら花盛りとなっていた。寒さにじっと耐えていた花の生命が一気に春の歓喜を爆発させたかの如く。夢を見ているようなこんな経験は初めてだ。




そこで「きまぐれに1曲」に、ブライアン・イーノが1974年に発表したアルバム「Here Come The Warm Jets」に収録されているこの曲を選んでみた。なぜかって?

横須賀市にあるホームページ制作スタジオ(「マジックトレイン」MTスタジオ)のブログ「MAGICTRAIN.biz」に、「On Some Faraway Beach」がとりあげられていて、この曲の歌詞が西行の有名な和歌、「願わくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」を連想するとあったからだ。ここで言う花とはもちろん桜(正確にはヤマザクラ)のこと。

「MAGICTRAIN.biz」はtoshibonのお気に入りブログで、アート、映画、音楽、書籍などに関する記事を掲載しているのだが、これが情報量、内容の深さとも素晴らしく、「On Some Faraway Beach」と西行の和歌を関連させた考察も、とても共感できるものだった。

この曲の長い長いイントロのあとに歌われる詞は、次のようなものだ。(訳は「MAGICTRAIN.biz」より転載)

Given the Chance
I’ll Die Like a Baby
On Some Far Away Beach
When the Season’s Over.


叶うことなら
おさなごのように死にたい
どこか遠い渚で
季節が終わるとき

確かにこの歌詞には西行の「願わくは~」と同質の心情、和歌や俳句に通じる音数律と余韻、叙情性があるように思う。

この「遠い渚( Far Away Beach)」とは、桜の花の下にて死した魂が赴く彼岸であるのかもしれない…



※Toshibon's Blog「秋の夜長にイーノを聴く」
http://toshibon28.exblog.jp/1968720/
# by toshibon28 | 2012-04-30 00:39 | 気まぐれに1曲 | Comments(4)
「能登山の椿」と「細葉の椿」
昨日、久しぶりに「カフェランド椿」に立ち寄ったら、椿の花文様の茶飲み茶碗を供された。

こうなったら今日はツバキづくしで…というわけで、店のすぐ近くの能登山に行き、例年より開花が遅れているツバキ(ヤブツバキ)の咲き具合を確かめてみた。

南側と西側の早咲きの花はもうすぐ満開。小高い岩山を見事なまでに紅く染めていた。







山頂にあるお社までの参道やその周囲のツバキはこれから咲くので、県道の通る西側にあるサクラの開花と合わせて、今年はGW中にツバキとサクラの饗宴が楽しめそう。

能登山とサクラ(2010年5月1日撮影)。

※toshibon's essay「ツバキの道」
http://tabunoki.exblog.jp/i5

このあと、脇本城跡の菅原神社にある「細葉の椿」にも足を伸ばしてみた。

参拝する人が多いと思ったら、偶然にも菅原神社は4月25日が例祭日で、脇本地区の氏子さんたちが湯立て神事の準備をしているところだった。

お目当ての「細葉の椿」は神社社殿の向かって左側、御輿舎の前にある。

「細葉の椿」はヤブツバキの一種だが、花が赤ではなくピンク色なのが特徴。毎年4月下旬ころ、能登山のヤブツバキより遅れて開花するが、今年はようやく一輪、二輪と咲き始めたところ。ここもGW中に見ごろを迎えそうだ。

御輿舎に向かって右側の木の花は今が見ごろ。ピンク色というほどではないが、それでも一般的なヤブツバキより赤が薄いように感じる。

菅江真澄がおよそ210年前に、「天満宮の神垣に入って額づく。(中略)細葉の椿という古木がある」(『男鹿の秋風』)と記していることから、樹齢は少なくとも400年以上と推定される。(この写真は昨年の5月4日撮影)

その名の通り葉が少し細長い。男鹿の四季を歌った『男鹿小唄』に「♪咲くは椿か乙女の恋か♫」という歌詞がある。同じ乙女の恋でも、能登山の深紅のツバキが「乙女の熱情」だとしたら、こちらは「乙女の秘めた想い」といったところか? (2006年5月11日撮影)
# by toshibon28 | 2012-04-25 23:43 | 男鹿半島の椿 | Comments(3)
男鹿半島 早春の花⑤ キクザキイチゲ
3月から4月にかけて気温の低い日が続いたが、このところの好天で、福寿草からアズマイチゲ、キクザキイチゲへ、そしてエンゴサク、カタクリなど、男鹿半島の早春を彩るスプリング・エフェメラル(春の妖精、春植物)の花々が次々に開花した。

これらの春植物のうち、今回紹介するキクザキイチゲは、西海岸では福寿草とカタクリの橋渡しをするように4月上旬から中旬にかけて花開く。今年は福寿草がようやく花期を終え、今はカタクリが満開。キクザキイチゲはそろそろ終わりを迎えるころだろうか。
キクザキイチゲの群生。落葉広葉樹の林床で春の陽光を浴びて輝く白い花。その美しさにしばし見とれる。


西海岸では上の写真のような単独の群生は珍しく、普通は福寿草やカタクリ群落に混じって咲いていることが多い。



カタクリとキクザキイチゲの混生群落(2006年撮影)

キンポウゲ科イチリンソウ属 の多年草。菊の花に似ていることからキクザキ(菊咲き)イチゲ(一華)の名がついたようだが(別名キクザキイチリンソウとも)、深い切れ込みのある葉も菊に似ている。とはいっても、よく観察すると、花の形、枚数、葉の色、葉の形などが個体によってかなり違いがある。もしかして違う種類の花?と思ってしまうほど。
パッと咲いた大輪のような花に見えるのは、花弁でなく萼片。枚数は一定していない(平均すると10枚~12枚くらいだろうか)。



上の花は萼が8枚。右は倍の16枚あり、葉の色も青々とした緑ではなく、赤紫のまま。





上は萼が細く、ひょろっとしているが、右は全体に丸みを帯び葉も小さい。この個体差は時間(生育状態)の経過と関連しているようにも思うが、これだけ見た目が違うと同じキクザキイチゲなのか、私のような植物素人は確信がもてなくなってしまう。

花の色が紫の個体もあるのだが、西海岸ではまれにしか見られない。これまでなかなかお目にかかれなかったその紫(薄紫)の花を、今年は2度、別々の場所で咲いているのを見つけた!    
チョ-(死語?)うれしかった! 今年は何かいいことがありそう?


# by toshibon28 | 2012-04-20 01:02 | 男鹿半島の花 | Comments(2)
海岸沿いジオサイト、暴風高潮の爪跡②
この間の暴風の被害状況の続き。
男鹿半島西海岸の加茂青砂集落も高波でだいぶ痛めつけられたようだ。
なかでもひどいのが、駐車場にある公衆トイレ。

波に運ばれた流木などがぶつかったのだろうか、破壊されかたがハンパじゃない。

男子トイレ

女子トイレ

障害者用トイレ

加茂青砂海岸は男鹿半島・大潟ジオパークの重要なジオサイトのひとつでもあるので、本格的な観光シーズンを前になるべく早く補修(というより、改修か)してほしいのだが…お金がかかることでもあるので、すぐに元通りというわけにもいかないだろう。

休日ともなれば、ふだんは釣り人でいっぱいになる潮瀬崎も、県道から駐車スペースのある岩場(波食台)まで下りる道が波で削られて通れないので、閑散としていた。

潮瀬崎ふたご岩付近の嵐の前(昨年10月)と後(今月15日)の写真を比べてみると、もとあった場所から消えている岩がいくつかある。波の力の凄まじさがこれで知れるのだが、ここには最近の研究により、津波で運ばれたと推定されている大岩(津波石)もあって、これらの岩はさすがにピクリとも動いていない。これだけでも、津波はどんな大嵐でもかなわない、計り知れないエネルギーを持っていることがわかる。


# by toshibon28 | 2012-04-15 23:12 | 男鹿半島ジオパーク | Comments(0)
海岸沿いジオサイト、暴風高潮の爪跡①
4日の“爆弾低気圧”は、風だけでなく波の破壊力も凄まじかったようで、昨日、南磯に行ってみたら、いたるところで-なかでも馴染みのジオサイトで-その爪跡が見られた。

鵜ノ崎海岸の駐車場脇の松林では、2本の松が倒れていた。県道はところどころでアスファルト舗装がはがれ、波食台を越えて高波が押し寄せたことをうかがわせた。

館山崎では、椿漁港のフェンスがこんなありさまに。


館山公園の遊歩道フェンスは、強風と高波のために原型をとどめていないほど破壊されていた。

潮風を目一杯浴びたグリーンタフは、いつもの淡い緑から深緑色に変わっていた。

潮瀬崎は、県道から岩場の駐車場まで下りるあたりが、道路がえぐられて凄いことに。



潮瀬崎に沿った県道はガードレールが横倒しになり、片側通行。

門前漁港の船着場にある砂礫岩(長楽寺砂礫岩)の前には、波が運んだ倒木やガレキが積まれていた。

砂礫岩の背後に建設中の漁港排水施設も高波をかぶって破損した。市議会議員など、市の関係者が被害状況の確認に訪れていた。

門前は男鹿半島の南西端にあるため、日本海を北上する台風や低気圧の直撃を受ける。2004年8月の台風15号でも高波で被害を被った。1991年の台風19号の風もひどかったが、この15号も劣らず脅威的な風台風だった。男鹿では塩害で木の葉が枯れ、稲が全滅したところもあった。
※「潮風台風15号」
http://toshibon28.exblog.jp/pg/blog_view.asp?srl=476632&nid=toshibon28

次に西海岸まで足をのばし、久しぶりに林の中に入ってみた。

いつもの年ならそろそろ花期が終わりになる福寿草。驚いたことにまだ開花していないものも多く見受けられた。

花がなかなか開かないので、茎のほうが伸びてきている。

福寿草の次に開花するキクザキイチゲ(キクザキイチリンソウ)はまだ蕾。
このたびの塩害なのか、葉が焼けているものもあった。

蕾を固く閉ざしたカタクリ。一面の花畑が見られるのは、10日~2週間後くらいだろうか。
# by toshibon28 | 2012-04-07 17:20 | 男鹿半島ジオパーク | Comments(4)
暴風の記憶
にしても、未明の風は凄かったなあ。提出期限が迫った仕事を夜半過ぎまでしていたら、停電。しかたなく床についたが、築年数が半世紀近くになったボロ家が強風でギシギシ音をたてて揺れ、なかなか寝つけなかった。

風に恐怖を覚えたのは、今から20年前、1991年9月の台風19号以来のような気がする。
19号は別名「りんご台風」。収穫前のリンゴが落ちて、青森県津軽のりんご農家は大変な被害を被った。この台風のあと津軽を旅して、その被害のすさまじさを実感した。その時、先月取材に赴いた湯段温泉を初めて訪れ、「長兵衛旅館」に泊まったのだが、帰り際、女将さんからリンゴをたくさんもらったことを覚えている(その女将さんも数年前に亡くなり、現在は息子さんがひとりで湯を守っている)。

強風が巻き上げた海水による塩害で、沿岸の自然林だけでなく内陸の街路樹なんかもあっという間に枯れてしまった。各地で大規模な倒木が発生し、秋田県内でも唐松神社(旧協和町)参道や男鹿の真山神社境内の大杉を初め、多くの古木・名木が倒れ、景観がすっかり変わったところもあった。

私は当時、秋田市の高清水岡の麓に住んでいたのだが、台風でなくとも海から吹き付ける風で岡の木々が揺れざわめき、それが枕元まで聞こえてきて寝付かれないことがよくあった。あのころの私は40歳を前にして、うまく年をとれないまま中年に足を踏み入れたことで、茫漠たる不安にさいなまされ精神的に不安定であった…。狂ったような”爆弾低気圧”の風の音は、20年ちょっと前の、そんなよるべなき日々を思い起こさせた。

※toshibon's essay「バッド・トリップ台風19号」
http://tabunoki.exblog.jp/15679384/

※toshibon's essay「高清水丘陵と海」
http://tabunoki.exblog.jp/9710168/
# by toshibon28 | 2012-04-04 23:15 | 身辺雑記 | Comments(0)
気まぐれに1曲② 4月になれば彼女は
今日から4月。ということで、ベタではあるがサイモン&ガーファンクルの「4月になれば彼女は(April Come She Will)」を。

この曲を初めて聴いたのは、映画「卒業」(マイク・ニコルズ監督/1967)の挿入歌としてだったと思う。秋田市内の通称「有楽町」にあった「パンテオン」という映画館で観たことは覚えているのだが、この曲が映画のどの場面で歌われていたのかまでは、思い出せない。
(「有楽町」は北東北一?の映画館街であったが、現在はすべて閉館し、街はすっかりさびれてしまった)

当時、高校1年生だった私は、この映画の全編にわたって流れていたS&Gの音楽に魅了され、すぐにサウンド・トラック盤LPを買った。歌詞を覚え、レコードに合わせよく歌った。コードを覚え、ひとりでも歌った。2分に満たない短い曲、短い歌詞だが、メロディーは美しく、言葉の意味は深い。

サウンド・トラックのバージョンはアート・ガーファンクルが歌っているが、ポール・サイモンがひとりで弾き語りをしている「ポール・サイモン・ソングブック」のバージョンもある。この「ソングブック」もよく聴いた。このなかに収録されている「雨に負けぬ花」や「木の葉は緑」は、「4月になれば彼女は」に負けず劣らずのいい曲だ。

歌詞は4月から9月まで、月名ごとに韻を踏んでいる。歌うと(朗読すると)わかるが、それがとても心地よく感じられる。それと、「April Come She Will」(文法的にはApril She Will Comeだが)を邦題で「4月になれば彼女は」としたのは、名訳だと思う。

April, come she will
When streams are ripe and swelled with rain

May, she will stay
Resting in my arms again

June, she'll change her tune
In restless walks she'll prowl the night

July, she will fly
And give no warning to her flight

August, die she must
The autumn winds blow chilly and cold

September, I'll remember
A love once new has now grown old



※この動画に記載されている訳詞は一例で、数え歌風のことば自体はシンプルだが、訳す人によってさまざまな解釈がなされる歌詞ではないだろうか。


# by toshibon28 | 2012-04-01 14:27 | 気まぐれに1曲 | Comments(4)
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